なぜraumをつくろうと思ったのか
少し長いですが、 よかったら読んでください。
私は52歳で、自閉スペクトラム症の子どもがいます。
将来のことを大切に思う一方で、
日々の仕事や疲れ、自分の都合に負けてしまい、
子どもへの接し方が乱雑になる日もありました。
自分の気持ちを正当化したくなる瞬間もあれば、
「都合よく愛しているだけじゃないか」
と胸が痛む日もあります。
ときどき「子ども思いのお父さん」と
言っていただくことがありますが、
そのイメージに合わせて生きているような息苦しさや、
自分とのズレに戸惑うこともありました。
子どもが将来の話をすると、
胸がざわつきます。
中学生になったらどうなるのか。
高校、大学、そして大人になったら。
この子はどんな世界を生きていくのだろうか。
今の社会には「発達障害」「グレーゾーン」など、
人を「色」で分類する言葉が増えました。
私が子どもの頃にはなかった言葉です。
支援や療育は年々充実しているけれど、
その子が自然に社会の「理想の姿」に
近づくわけではありません。
分類されたその「色」のまま人生が続く、
そんな現実は残ります。
それでも私は思うんです。
この子は、自分らしい生き方を見つけられるだろうか。
私が歳を重ね、寄り添う力が弱まったとき、
どんな景色を見ながら生きていくのだろうか。
親として残された時間は、おそらく30年ほど。
その先を、この子はどんな「色」で生きていくのか。
私はずっと問い続けています。
「支援とは何か」
「寄り添うとはどういうことか」
「社会に溶け込むとはどういう姿なのか」
昔の社会には、 明確な分類がなくても、
人の弱さや揺れをそっと受け止める文化がありました。
便利さと引き換えに、人の多様さが「色」で分けられ、
見えにくくなっている気がします。
だからこそ私は思いました。
本当に必要なのは、白でも黒でもなく、
「その人がその人のままでいられる色」を認める社会
ではないか、と。
そう気づいてから、私自身の生き方も変わりました。
それなりに社会で実績も成功も挫折も経験してきました。
でも、会社につながれ、 「安定」という名の檻の中で
生きているように感じる日も増えました。
明日が休みだと喜び、
収入が上がれば自分を褒め、
休みが終わればため息をつく—
そんな毎日を繰り返しながら、ふと思ったんです。
「自分の人生を握っているのは誰なのか?」
子どもに寄り添える時間は、思っているより長くない。
だから私は、 自分の手で環境をつくれる生き方を選びました。
支援とは何かを探し続けるために。
誰かの声に気づける場所をつくるために。
毎日の体調や気持ちの変化に目を向けながら、
心身の健康と安定した生活リズムを大切にします。
児童福祉法で定められている金額をいただいております。
通所受給者証に記載されている負担上限額以上の金額はいただきません。
※ただし、教材費・材料費が別途かかる場合があります。